最初に裁判長からアテストに、勇士の父親の証人申請を出しているが撤回でよいかと話がありました。アテストは、前回同様、「維持したい」と答えました。
次に原告に話がありました。原告は控訴審の第3準備書面(控訴審の初期段階)で「請求の趣旨の変更の申し立て」をしていました。控訴審に入った最初の裁判長(※現裁判長は2人目)の訴訟指揮にそって、変更をしたものです。
不法行為としての構成を主位的にして、債務不履行としての構成を予備的としました。
しかし今回、原告側は、主位的・予備的との順序は撤回し両者を選択的にしたいと主張しました。そのことについて裁判長からは、債務不履行を主位的としてはどうかとの話がありました。
原告側は後日(書面提出)までに、上記の話に出た問題を検討し、必要であれば書面で提出することになりました。
この後、証拠調べがありました。
本日、原告からは第16準備書面、甲189証、甲190証を提出しました。原告側の今回の準備書面は事実上の最終準備書面でしたが、次回、再度の提出となります。
ニコンからは第6準備書面、アテストからは第9準備書面が提出されました。
証拠調べの後で、裁判長からさらに話がありました。
判決を書くにあたって、訴訟物をはっきりしたいということともう一つ、うつ病の罹患の有無について、双方の主張を書面で明確に示してもらいたいとのことでした。ページは限らないということです。既に提出の直接証拠(原告側精神科医の意見書等や、原告の陳述等)を除いて、間接的事実からの推認を主張してもらいたい、たとえば労働内容との関係の検討をという内容でした。
裁判長の話した内容にどれぐらいの期間が必要か、話し合いがありました。
その中で、次回裁判日程に掲載した内容が決まりました。
今回提出された原告・被告、双方の準備書面の内容(概要)は以下です。
【ニコン第6準備書面】
・原告の供述は信用できない。控訴審でのニコン側証人の証言でも明らかである。原告の供述は不自然であり、ニコンらの責任を追及するために創作されたものである。
・都立大工学部は特別研究履修を勧めたが、勇士は従わなかった。履修単位の不足から中退せざるを得なかった。
・原判決は認定した諸要素を羅列的に適示、労働の過重性に対する浅薄的な捉え方である。
・一旦課せられた精神的・身体的負荷は解消されず残存し続けると是認されるなら勇士の人生全期間にわたって検討されなければならない。極めて非常識。
・産業衛生学会基準は社会通念上、基準として認知されていない。
・健康悪化が存在していたのに申告しないのは、使用者に対して信義則上負っている自己保健義務違反、安全配慮義務の履践を阻害したのは勇士自身。
[ 法的構成について」
安全配慮義務違反に基づく損害賠償責任は、民法第715条に基づき追及するべき。「使用者に代わって業務上の指揮監督を行う権限を有する者」を特定し、その者の行動が不法行為を構成するかが論じられるもの。一審原告は、そのような者を特定せず、使用者であるニコンの責任を論ずる、それは法的に許容されない。
・遺産分割により勇士の父から取得した相続分は時効である。
【アテスト 第9準備書面】
・うつ病に罹患していた事実そのものを認めるに足る証拠は存在しない。各種医証が存在しない、親族以外の証言なし。
・自殺直近の原告及び兄への金員交付、資格試験の勉強集中など、うつ以外の原因が推認可能。
・業務は精神障害を発症する程、過重との事実は認められない。
・自殺まで短期間であり、アテストの回避可能性は僅少。
・原告が医療機関の受診を勧めていないことは過失相殺事由である。
・勇士の相続分は既に消滅時効が成立している。原告は本訴提起には勇士の父に伝えていたはずである。勇士から損害賠償請求権を相続したことを知った勇士の父が、その行使を欲しなかったことは明らか。
[ 信義則違反 ]
・勇士の労災申請を全く行っていない、甚だ不可解。
・再三の求釈明に説得力のある説明をしない。(勇士の父が遺産分割協議になぜ応じたか)
・勇士の使用したパソコンを提示しない。
原告の信義則違反ないし証明妨害と評価せざるをえない。
【原告 第16準備書面】
本書面で主張を総括的に整理し、かつ、証人調べ等証拠に基づき主張の正当性を述べることとする。
◎争点
1.勇士の業務と死亡との相当因果関係。とくに昼夜交替制勤務の過重性、これらと勇士のうつ病罹患・自殺との関係
2.勇士に対する安全配慮義務違反(注意義務違反)があったか否か。とくに直接雇用関係のないニコンの責任の存否、被告らの予見可能性の有無
3.勇士の死に伴う損害額。とくに勇士の両親の遺産分割協議成立の影響
・原審では被告ネクスターと呼称されていたが、本書面では、原則として被告アテストという呼称で統一する。
◎因果関係
・厚生労働省の「判断指針」を参考とすること自体、原告側も反対ではないが、“労働判例856号、確定”にもあるように、「判断指針」のみにとらわれずにその他の医学的知見も十分考慮して、判断するのが相当である。
・訴訟と労災申請
原告は、被告とりわけニコンの責任を明確にしたいと考え、本訴を提訴した。原告にとってニコンおよびアテストの使用者責任を明確にすることが何よりの要求である。
過労死・過労自殺事案では、(労災申請をせずに民事裁判をすることは)他の訴訟でもしばしば見られる。ニコンが控訴審第5準備書面で「労災申請が却下される可能性が高い事案であったから」労災申請しなかった旨主張している。労災申請をめぐる事情をよく理解していない主張である。
・慢性ストレスを重要視する医学的知見
(厚労省の)「判断指針」は、出来事(ライフイベント)を中心にして心理的負荷を検討している。実際には、日常的に発生する慢性ストレスが心理的負荷の大きな原因となることが知られている。原判決が昼夜交替制勤務が継続したことやクリーンルーム内作業等長期にわたるストレスを認定したことは、精神医学的知見から肯定できる。
・原判決67〜68頁では、「業務過重性の視点により、時系列的に整理」しているが、平成9年12月15日夜勤交替勤務開始後死亡前までの疲労蓄積という観点がやや弱い。疲労が蓄積していく過程を分析することが肝要である。
・ニコンによる計算の誤り 数字の誤差は、ニコンが厚生労働省の認定基準や運用基準に背反して、時間外労働を一か月単位(171.4時間を超える部分を時間外労働=ニコン控訴理由書51頁2行目)で算出しているからである。
・長期にわたり長時間労働をクリーンルーム内でおこなったことは、勇士に過重な精神的負荷となった。
・ 勇士の15日間連続長時間勤務は、同人の非正規雇用労働者という弱い立場によって発生したものと考えるのが相当である。
・ 原判決は、「引越しの事実が通常以上の身体的精神的負荷を伴うものとまではいえない」と認定したが、相当でない。
・家族への金員貸与は、業務外要因にならない。借金ならともかく貸金が精神的負担となるという医学的知見はなく、判断指針の心理的負荷評価表にもない。貸与後も約113万円の預金が残っている。財産の損失でうつ病発症は誤り。貸与は勇士が言い出したもの。原告側精神科医、意見書その3が指摘するように、一般に自殺の兆候である「身辺の整理をして、大事にしていたものを捨ててしまったり、人にあげてしまったりする行動」と評価するのが相当。
・ 勇士が受けようとしていた国家試験は、業務外要因にはならない。平成11年に是非合格しなければならない理由がない、勇士は平成11年2月22日以降、「思考行動停止」を示しており、資格試験を考える余裕はなかった。仮に退職後に資格試験を受けるつもりで、準備ができる精神状態なら、無断欠勤して自殺ではなく、無断欠勤して受験準備をするはずである。
◎責任論1(不法行為と債務不履行)
原判決86頁、「被告ニコンは、亡勇士に対し、その安全配慮義務違反に基づく責任を負い、さらに、不法行為責任を負う」と判示し、90頁は、「被告ネクスターも、亡勇士に対し、その安全配慮義務違反に基づく責任を負い、さらに、不法行為責任を負う」と判示した。これらの点に関して、控訴審初期の段階で、裁判所より、電通社員自殺事件最高裁判決が民法715条で企業責任を認めていることにも触れて、不法行為と債務不履行責任の主張を法的に整理し補充するようにとの求釈明があった。原告は控訴審第4準備書面で、これらの点について主張を明確にした。
同書面後の証拠調べを踏まえて、原告主張をより整理して総括的に述べる。
◎責任論2(予見可能性・結果回避可能性)
原判決の内容と本件の争点(原判決88〜89、91頁)
主として下記の2点が争点である。
1.当該労働者の体調が悪化している状態を使用者側が認識していながら当該労働を行わせたことが要件として必要なのか、体調悪化の認識は必要ないのか。ニコン上司が認識をしていたことが現時点で証拠上必ずしも明らかでないため、ニコン側から責任を逃れるための主張として出されている。
2.体調悪化の認識が必要ないとして、原判決の判示する「健康状態の悪化を容易に認識し得たような場合」との要件が必要なのか、仮に必要とした 場合に、これに該当するのかが問題となる。
◎損害論
原判決内容 遺産分割 損害額の認定 損害論(葬儀費用・弁護士費用) 被告らの責任
勇士の父の遺産分割協議を行った(甲161)。
時効の起算点 民法724条にいう「損害及び加害者を知った時」とは、加害者に対する賠償請求が事実上可能な状況のもとに、その可能な程度にこれを知った時であり(最高裁判所昭和48年11月16日判決民集27巻10号1374頁)、勇士の父が、勇士の死亡について訴訟が行われていることを知ったとき(平成16年、甲162勇士の父陳述書5行目、「一昨年になって」)あるいは新聞報道を通じて原判決を知ったとき(平成17年4月)である。
また、原告は提訴時より、損害賠償請求権の全体を訴訟物としていた、不法行為に基づく損害賠償請求権の父親相続分についても、本件提訴時に請求(民法147条1号)による時効中断が生じている。遺産分割が遡及効を有すること(民法909条)、一部請求の趣旨が訴状に明示されていない場合、訴え提起による時効中断の効力は訴訟物たる債権の同一性の範囲内でその全部に及ぶこと(最高裁昭和45年7月24日判決民集24巻7号1177頁)。アテストの主張する消滅時効が成立する余地は全くない。
過失相殺、素因減額、公平の見地からの減額
「公平の見地」という法律上の根拠が不明な観念によって新たに「第3の減額類型」を創出し、損害賠償額を減額している。曖昧な観念による損害賠償額の減額は、労働者に生じた損害にかかる賠償額の減額を厳しく制限した電通事件最判の趣旨に照らしても、到底認められるべきではない。
以上です。
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